2億が服を着て小銭を集める

歯が痛いです。奥歯が痛みます。

一本の歯が痛むだけで酷く不快だし食事や睡眠にも障害となるし、窮鼠ではないけれど、宿主に絶大なダメージを与えています。歯ほど大事なものが角質のように容易に生え変わらないことに不満を覚えますが、不遜でしょうか。変なところで融通効かないのが人体の神秘。精密機械にも再現できないシステムの粋が人の体であり、各パーツ、それこそ歯の一本一本に至るまで、全てが高価値を持ちます。例えば一生のうち、健康な歯周環境を維持するためには、ケア商品を購入し、毎日一定時間を割いて手入を行い、人生において幾度となく通院をし、場合によっては手術もする。対価は非常に高い。もしも健康な歯を綺麗に移植する技術があるなら、富裕層はきっとものすごい額でこれを買取るでしょう。臓器売買ではないですが、人体の部品はそれ単独でも相応の価値を持つのです。しかしそれはあくまで単体、商品としての価値で、これを維持するために掛ける費用等を勘案すれば、その価値は倍増することでしょう。日本人の生涯年収は平均して2億ほどとも囁かれますが、こうした生産価値に加えて、資産的な価値も加味すれば、およそ人1人の価値は計り知れない。インモラルな発想かもしれませんが、この点に注目すれば、ヒトの出産ほど生産性の高い行為はないと言えるでしょうね。ただ勿論のこと、現状の人類が金銭による価値尺度を主として採用しているだけで、価値を量るものさしがパラダイムシフトによって変わる未来では、上述の理屈は覆りますよね。

 

金の亡者と揶揄される人々は、見渡す景色を換金するといくらになるか、とか考えるのだろうか。もしそうなら、価値を認めるという行為はなんとも脅迫的でストレスだ。